岸和田東ロータリークラブ 国際ロータリークラブ第2640地区
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〜会長の時間 1月〜

 2017年 1月20日 第1951回 

信貴芳則岸和田市長、本日はおいで下さりありがとうございます。
後ほど卓話宜しくお願いいたします。
今日1月20日は大寒です。一年で最も寒さの厳しい時期です。
この時期にあえて武道や水泳などの稽古を行うことを寒稽古といいます。寒さに耐える体力とともに、精神力を養うのにも最適な季節ということでしょう。
1月20日〜1月24日は「大寒(だいかん)」の初候である「款冬華(ふきのはなさく)」です。雪がまだ残る地面からぽつりぽつりと顔を出す蕗の花は、待ち焦がれた春の訪れの象徴です。花とそれを支える茎の部分は「蕗の薹」とも呼ばれ、日本特産の野菜として、シャキッとした歯ごたえやほろ苦さ、高い香りが好まれてきました。蕗の薹を天ぷらにしたり、刻んで味噌と和えた蕗味噌などにしていただくと、なんだか春の味覚をいち早く日々の暮らしに取り込めた気分になれそうですね。
さて、今月は「職業奉仕月間」です。ロータリークラブの基本である。職業奉仕とは何でしょうか。先ず、誤解しないで頂きたいのは、「奉仕」という言葉です。英語では「Service」です。ボランティアではありません。しかし、この「Service」という言葉も、日本語のサービスとは違ったニュアンスを持っていますので、またややこしいのです。
それでは、職業奉仕とはどう考えたらよいのでしょう。私は、職業奉仕の基本は職業倫理と言ってもいいかもしれないと思っています。もっと簡潔に言えば、私の理解では「正直な仕事」と一言にしてしまってもいいかもしれないと考えています。そして、これは実践面では「四つのテスト」に集約される概念と考えています。

   真実かどうか
   みんなに公平か
   好意と友情を深めるか
   みんなのためになるかどうか

告白しますが、私は職業上正直でないこともあります。できるだけ正直に、嘘偽りなく仕事をしたいのですが、なかなか難しい状況が毎日のようにあります。
小さなところでは、患者さんに「鼻の調子はどうですか?」とお聞きした時に、「もうほとんど鼻水もなくなりました」と答えられた時、診察した結果の印象とは違っていても先ず「そうですね。だいぶ良くなりましたね。」と患者さんの感想を肯定したうえで、「でも、奥の方にはまだ大分鼻水が溜まっていますね。」と本当のことを言うようにしています。これは心理的テクニックで、相手にこちらの否定的意見を素直に聞いていただくための手法のひとつです。いきなり本当の事だけ「奥の方にはまだ大分鼻水が溜まっていますね。」と言っても患者さんは聞いてくださいませんし、不信感を抱かせるだけです。正直なだけというのもなかなかに難しいものです。
私の場合、「真実かどうか」よりも「みんなのためになるかどうか」を重視していると言えるかもしれません。

 2017年 1月27日 第1952回

1月25日〜1月29日は「大寒」の次候である「水沢腹堅(さわみずこおりつめる)」です。沢の水に厚く氷が張っている、そんな風景は、日本人に一年のうちで一番寒い季節にいることを思い起こさせてくれます。ニュースで、最低気温の記録が聞かれるのもこの時節が多いようです。とはいえ、日も少しずつ長くなってきました。春の足音も遠からず。あとは暖かくなるのを待つばかりです。
先週は「四つのテスト」についてお話ししました。日本には良く似た概念が昔からありました。近江商人の「三方よし」という考え方です。最近よく聞く「Win-Win」という言葉より「三方よし」の方が私は好きです。
「三方よし」というのは「売り手よし、買い手よし、世間よし」ということです。もう少し解説すると「売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商いを通じて地域社会の発展や福利の増進に貢献しなければならない」という考え方です。
「三方よし」の理念が確認できる最古の史料は、1754年に神崎郡石場寺村(現在の東近江市五個荘石馬寺町)の中村治兵衛が書き残した家訓であるとされています。ただし、「三方よし」は戦後の研究者が分かりやすく標語化したものであり、昭和以前に「三方よし」という用語は存在しませんでした。
同じような意味ですが、「四つのテスト」と違うのは「真実かどうか」と「みんなに公平か」という概念がないことです。
先週にも私の仕事でのお話をしましたが、「真実かどうか」というのは本当に必要なのでしょうか?言い換えれば、「真実」ということはそこまで大事なことなのでしょうか?絶対的な「真実」とは本当にあるものなのでしょうか?これは哲学の命題のひとつでもあります。私は「絶対的真実」というものはありえない、「相対的真実」しかないと考えています。そもそも「真実と思い込んでいること」も多いのではないでしょうか?「1+1=2」というのは一定の定義のもとでしか存在しない真実なのです。
また、「公平」という言葉にも同じことが言えると思います。欧米では「fair」という概念が尊重されます。いろんな場面で「fair」かどうかが判断基準になります。しかし、よく議論されるように「教育の機会の公平」と「教育の結果の公平」はどちらが公平なのでしょうか?そこまで公平にこだわらなくても、みんなが納得できる良いことであればいいのではないでしょうか?しかも「四つのテスト」の英語の原文では「Isit FAIR to all concerned ?」となっており、「関係者に公平か」となっています。「三方よし」の方は「世間よし」です。

The Four-Way Test
 Of the things we think, say or do
 1. Is it the TRUTH?
 2. Is it FAIR to all concerned?
 3. Will it build GOOD WILL and BETTER FRIENDSHIP?
 4. Will it be BENEFICIAL to all concerned?


ということで、原文である英語の「四つのテスト」についても考えてみて欲しいと思います。私は「三方よし」の方がシンプルで好きです。こんな事を言うのは、まぁ、ロータリアンとしては失格かもしれません。